厚生省創設も理美容業は警保局が所管
Posted on | 3月 31, 2025 | No Comments
令和7年(2025年)の今年は昭和100年、戦後から80年になります。戦争にまつわるテーマが取り上げられることが増えていますが、理美容業を所管している厚生省(現・厚生労働省)も戦争の落とし子といえます。
厚生省が創設されたのは昭和13年です。日中戦争がはじまって20年超が経ち、戦時体制へと移行する時期です。
国民の体力向上、医療、感染症予防、母子保護、職業安定、福祉などを担うために、内務省の衛生局と同省外局の社会局が独立して設立されました。設立の背景には、長引く戦争で多くの兵員が消耗し、屈強な兵士を生み育てるには、まず健全な母体が必要との考えがあった、といわれています。
厚生省が設立された2か月後に国家総動員法が制定されています。
厚生省が創設されても理美容業(当時の理髪業、髪結業、美容業)は内務省の所管のままでした。
明治維新後、理美容業は一貫して内務省に属する警保寮、警保局など警察部門が所管し、実務は各地に設置された警察署が行っていました。理美容業とともに洗濯・洗い張り業、浴場業、風俗業、また水道や埋葬なども同じ部署が管轄していたようです。
しかし理美容業や生活衛生業が、衛生局と無関係だったわけではありません。理美容業などへの衛生に関する行政指令は衛生局が発出していました(例・『昭和御大礼衛生記録』/昭和4年)。
厚生省創設後、各地に保健所がつくられますが、理美容業などは警察署が担当していました。
戦前の内務省は多くの権限を持つ巨大な官庁でしたが、敗戦で解体されました。理美容業が厚生省・保健所の所管になるのは敗戦後になってからです。
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