ヨーロッパと日本の剃刀文化――ルイス・フロイスが見た違い
Posted on | 4月 30, 2025 | No Comments
ルイス・フロイスの『日欧文化比較』には、当時のヨーロッパと日本における剃刀や髭剃り文化の違いが短文で記されています。
内容を「われわれ=ヨーロッパ」「彼ら=日本」と読み替えると、次のようになります。
・ヨーロッパの剃刀は厚く平らであり、日本の剃刀は薄く片側に曲がっている。
・ヨーロッパでは剃刀を硬い石の上で油を使って研ぐが、日本人は柔らかい石の上で水を使って研ぐ。
・ヨーロッパでは床屋だけが髭剃りを行うが、日本ではほとんどすべての者が髭剃りを知っている。
・ヨーロッパでは床屋に行かなければ髭剃りができないが、日本では多くの僧侶や俗人が自ら髭や頭を剃る。
フロイスがこの短文を記したのは、16世紀中ごろのことです。
当時のヨーロッパでは、理容外科医が活躍していました。理容外科医とは、理容の施術だけでなく、腫れ物の切除など簡単な外科手術も行う職業です。起源は、教会の牧師たちが信者に対して精神的ケアだけでなく、身体的なケアも提供していたことにあるとされています。
理容外科医が使用した剃刀は両刃式で、厚みのある「ベタ」と呼ばれるタイプが主流でした。のちに刀身を薄く削り、コンケーブ状にした剃刀も現れますが、16世紀ごろは厚手のものが一般的だったようです。
一方、日本の剃刀は仏教の影響を受け、片刃構造です。イメージで言えば、ヨーロッパの剃刀が牛刀包丁なら、日本剃刀は出刃包丁に近い作りです。
フロイスは「日本の剃刀は薄く、片側に曲がっている」と記しましたが、明治以降の西洋剃刀と日本剃刀を比較すると、刀身の厚さにそれほど大きな差は見られません。また、江戸時代初期の図絵を見る限り、日本剃刀が片側に曲がっているようにも見えません。この点については疑問が残ります。
研ぎ方に関しては、使用する砥石の性質が大きく影響しています。ヨーロッパでは硬い砥石が産出されたため油を使って研ぎ、日本では本山砥に代表される柔らかい砥石が産出されたため水を使って研ぎました。硬い砥石には油、柔らかい砥石には水が適しているといわれています。
なお、油を使う場合と水を使う場合で切れ味に大きな差はありませんが、素人には滑りにくい水のほうが扱いやすいとされています。現在ではヨーロッパでも日本でも天然砥石は減少し、人工砥石が広く使われています。
ヨーロッパで髭剃りを専門職に委ね、日本で多くの人が自ら行った背景には、剃刀の研ぎやすさも関係しているようです。両刃の剃刀は切れるように仕上げるのが難しく、熟練の技術を要します。両刃を均一に研ぎ、さらに木砥や皮砥で仕上げなければなりません。一方、片刃の日本剃刀は、砥石に刃を当てて研ぎ、返り刃を軽く落とすだけで使えるため、素人にも扱いやすかったのです。
また、日本人の器用さも影響しているかもしれません。両刃・片刃それぞれに使い方の違いはありますが、いずれも高度な習熟を必要とします。
戦国時代末期の日本では、一銭剃りの床屋が登場しましたが、多くの人は独り者でない限り、家庭内、同僚同士で髭や髪を剃っていました。この習慣は江戸時代、そして近代に入っても続きます。
一方、ヨーロッパでは個人用の剃刀が販売されるものの、研ぎの難しさから普及しませんでした。髭剃りは理容師の仕事とされ、根強い伝統となっていました。19世紀末にキング・ジレットが使い捨てのT型安全剃刀を開発し、20世紀に普及を試みますが、理容師に任せる風習はなかなか変わりませんでした。普及したのは第一次世界大戦後のことです。ガスマスク着用に際して髭を剃る必要があった兵士がT型安全剃刀を戦場で使用し、それをきっかけに広く普及するようになった、といわれています。
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