「床屋にて」 宮城道雄さんの随筆より
Posted on | 11月 14, 2022 | No Comments
正月の定番BGMといえば筝曲「春の海」。その「春の海」を作曲した盲目の宮城道雄さんには何篇かの随筆集があります。
昭和12年に上梓された『垣隣り』(小山書店)に、理髪店での経験を記した「床屋にて」が収められています。
店内に流れていたラジオ放送の番組が変わると、ざわついていた店内が急に静かになります。静かになった店内で宮城さんは鋏の音、ブラシの音、そして髭剃りの音に気づきます。
鋏は開閉音、ブラシは髪をとかすブラッシングの音だと思われます。当時まだドライヤーはありません。整髪料とブラッシングで整髪していました。硬くておさまらない髪は加熱したアイロンで整えていた時代です。
そして髭剃りの音は、魚の鱗を削るときのような音がした、と表現しています。それとは別に鱗を削るほどでもない音も聞こえた、と書いています。宮城さんは、剃り音の微妙な違いを聞き分けています。視覚障碍者は聴覚が鋭敏といわれますが、さすがです。
鱗を削るような音というと、相当に濃い髭を剃っていたのでしょう。洋カミソリのレーザーにはコンケーブという凹みのある刀身構造になっているので、より大きな音がしたのかもしれません。
この一文から、戦前の理髪店の情景がうかがえます。そして、当時の理髪店にとって髭剃りが重要な技術であり、メニューだったのがわかります。髭剃りはいまでも理容店の重要なメニューには変わりません。しかし、セルフで処理するのが日常となったいまでは、重要度は低下しています。
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